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東京高等裁判所 昭和58年(う)882号 判決 1983年9月22日

控訴人 被告人

被告人 Y

弁護人 平野太郎

検察官 峰逸馬

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中七〇日を原判決の本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人平野太郎が提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官峰逸馬が提出した答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  理由不備の論旨について

所論は、要するに、原判決は、原判示第三として児童福祉法三四条一項六号違反の行為を判示するにあたり、被告人が予めその行為の発生を認識しながら敢えてその所為に出たのか、そのような認識をしていなかつたのか、判文上明確にしていないから、原判決には、罪となるべき事実の摘示がなく、理由不備の違法がある旨主張する。

しかし、原判決は、罪となるべき事実の第三として、被告人が、「A1ことAをBに紹介し、………同児をして右Bと性交させ、もつて児童に淫行させる行為をした」旨判示しているのであつて、原判決は、被告人が児童福祉法三四条一項六号違反の犯罪事実を認識しながらその行為に出た旨、即ちこれを故意犯として認定、摘示した趣旨が明らかであるから、有罪判決に必要な理由に欠ける点はない。原判決には所論のような理由不備の違法はない。論旨は理由がない。

二  原判示第一、第二の事実に関する法令適用の誤りの諭旨について

所論は、要するに、原判決は、原判示第一として、被告人が、A1ことA(以下「A1」という)に対し、自己を相手に性交する女子中学生を紹介してくれるよう依頼し、右A1をして中学三年生Cにその旨勧誘させて自己に紹介せしめ、自己が同児と性交し、もつて児童に淫行させる行為を教唆した事実、同第二として、Dと共謀のうえ、Eに対し、右Dを相手に性交する女子高校生を紹介してくれるよう依頼し、右Eをして女子高校生Fにその旨勧誘させ、同児をDに紹介せしめ、同人が同児と性交し、もつて児童に淫行させる行為を教唆した事実を認定したけれども、犯人が児童と自ら性交する行為は、児童福祉法三四条一項六号にいう「児童に淫行をさせる行為」ではなく、「児童と淫行をする行為」にすぎず、同法の処罰の対象外であるから、自ら児童と淫行する行為の実現を望む者が第三者に児童を淫行させるよう働きかけ、その結果として児童と性交した原判示第一の場合には、罪とならないというべきであるし、共謀して第三者に児童を淫行させるよう働きかけ、共謀者の一人が児童と性交する行為は、とりもなおさず被告人の行為と法的に異ならないから原判示第二の場合も罪にならず、したがつて、原判決には、罪とならない事実を有罪とした法令適用の誤りがあると主張する。

ところで、児童福祉法三四条一項六号は、児童の福祉をはかるため、「児童に淫行をさせる行為」を禁止し、同法六〇条一項は、右の違反行為に対し罰則を定めている。右の「児童に淫行をさせる行為」は、児童の淫行を必然的な関与行為として予定し、また、具体的な場合においてその淫行の態様によるけれども、通常は淫行の相手方の存在を予想しているものといえよう。そして、児童福祉法の右条文が、児童に対する法益侵害行為のうち、「児童に淫行をさせる行為」のみを処罰し、これに必然的な、あるいは通常伴なう関与行為について処罰規定をおいていないことは、これらの関与行為自体を処罰しないことはもとより、これらの関与行為にとどまるかぎり、「児童に淫行をさせる行為」の教唆犯あるいは幇助犯としても処罰しない趣旨とみることができる。このことは、所論の引用する最高裁第三小法廷昭和四三年一二月二四日判決が、非弁護士に自己の法律事件を依頼しても、弁護士法七三条違反の教唆犯は成立しないとしているところからも、その趣旨を窺うことができる。しかしながら、児童の淫行の相手方は、右のようにその関与行為自体によつては処罰されないけれども、その者が、すすんで「児童に淫行をさせる行為」をした者であるときは、児童に対する別個の態様の法益侵害行為として、児童福祉法の前記罰則によつて処罰されることは当然である。けだし、「児童に淫行をさせる行為」とは、児童に対し、事実上の影響力を及ぼして、児童の淫行を助長、促進する行為をいうものと解されるところ、児童に対し、このような淫行をさせる行為をした者が、たまたま自らがその淫行の相手方となつた場合には、これを処罰しないとする合理的理由は全く存在しないからである。このことは、「児童に淫行をさせる行為」という文言自体に徴しても明らかであつて、右の文言は児童の淫行の相手方が第三者であるか否かを問わない趣旨に解されるのである。所論引用の前記最高裁第三小法廷判決も、非弁護士に自己の法律事件の依頼をした者が、弁護士法違反の教唆犯として処罰されないのは、当然予想される右の関与行為につき処罰規定がないことを理由としているのであつて、依頼者の行為の態様が、具体的な場合において、法が予想した関与行為を超えるときは、必ずしも教唆犯の成立を否定する趣旨ではない。また、右弁護士法違反の場合は、依頼者は自らの事件に関し法律事務取扱いをすることは何ら罰せられないのに対し、児童福祉法違反の場合には、自ら淫行の相手方となる者であつても、児童に淫行をさせる行為の正犯資格を付与するに何ら障害は存しないのである。結局、児童の淫行の相手方となる者が、通常の関与行為を超えて、犯罪構成要件として規定された「児童に淫行をさせる行為」をした場合において、児童福祉法三四条一項六号、六〇条一項によつて処罰されることは、当然の事理といわなければならない。

本件において、被告人は、他人に「児童に淫行させる行為」を教唆し、自ら児童の淫行の相手方となつたのであるが、すでに説明したように被告人は右犯行につき正犯資格を有するものであるから、教犯唆の成立することは当然のことである。被告人が第三者と共謀のうえ、他人に「児童に淫行をさせる行為」を教唆し、右共謀者が淫行の相手方となつた場合においても同様である。

したがつて、本件における被告人の原判示第一、第二の行為は、当然に処罰の対象となるものであつて、所論のようにそれが罪にならないものとは考えられない。原判決には所論のような法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。

三  原判示第三の事実に関する事実誤認及び法令適用の誤りの論旨について

所論は、要するに、原判示第三の事実について、被告人は、かねてより小遣銭稼ぎのために相手を選ばず性交してもよいとの意思(売春の意思)を有していた児童に対し、やはりかねてから児童と性交したい意思(売春の相手方となりたい意思)を有していたBを引き合わせただけであるから、被告人は、原判示第三の行為の幇助者としての刑責を負うにとどまるのに、被告人に実行正犯の責任を負わせた原判決には、事実を誤認した結果、法令の適用を誤つた違法があると主張する。

しかし、記録によれば、被告人は、知人のBから「一五、六歳位の中学生の女の子がいたら紹介してくれないか」と頼まれていたところ、かねて情交関係のあつた児童であるA1を右Bに紹介して性交させようと考え、同児に対し、電話で、「シヤングリラのマスターが付き合つてくれないかと言つているがどうか」などと水を向けて呼び出したうえ、同児に「このオヤジ金を持つている」などと告げて両名を引き合わせて紹介したこと、同児は、被告人に対し、予め売春客の紹介方を頼んでいたことはなかつたものの、右Bを紹介されて被告人の意図を察知し、呼び出しを受けて来た以上拒否もできないと思い、その場からBに同行して同人と性交し、金銭を受領したことが認められる。右事実によれば、被告人は、同児に淫行の相手方を紹介、引き合わせるなどして働きかけ、同児に淫行の意思を生じさせ、かつ、淫行行為に至らしめたものであるから、その淫行行為を助長、促進したことが明らかである。したがつて、被告人は、児童に淫行をさせる行為を自ら実行した正犯としての刑事責任を免れがたく、同旨を認定したうえ法令を適用した原判決に何ら誤りはない。被告人が幇助にとどまるとの所論は理由がない。

四  量刑不当の論旨について

記録によれば、本件は、当時定職にも就かずに遊興し、素行不良者とも交遊のあつた被告人が、前記のように、(1) 自己と情交関係をもつた女子中学生に対し、性交の意図で他の女子学生を紹介するよう依頼し、同女から勧誘、紹介された当時一五歳の女子中学生と性交し、もつて、児童に淫行をさせる行為を教唆し、(2) 付き合いのあつた暴力団員のDと共謀のうえ、自己と同棲中の女子高校生に対し、右Dの性交相手となる他の女子高校生を紹介するよう依頼し、同女から勧誘、紹介された当時一六歳の女子高校生と右Dが性交し、もつて児童に淫行させる行為を教唆し、(3) 知人から女子中学生を紹介するよう依頼されたさい、前記(1) で教唆した児童(当時一六歳)を右知人に紹介、引き合わせて同人と性交させ、もつて児童に淫行をさせる行為をしたという事案である。本件では、特に、自己や友人・知人の欲望を満たすため年齢一五、六歳の中学生、高校生あるいは中学卒業直後の少女という性的にも未熟な児童らを淫行に至らせて著しくその福祉を害したこと、被告人は、昭和四五年に強盗・恐喝・傷害の罪で懲役四年に、昭和四九年に監禁罪で懲役一年に、昭和五二年に暴行・強姦・強姦未遂罪で懲役四年に処せられたことがあり、本件は、右最後の前科と再犯の関係にあることが注目される。

所論は、被告人は原判示第一の犯行のさい(犯行日は昭和五七年二月一八日)被害者Cに妊娠させていない旨主張するので検討すると、右被害者は、同年三月二三日医師に妊娠六週と診察され、同月二六日中絶手術を受けたが(司法巡査作成の昭和五八年二月一六日付捜査報告書添付カルテ写)、通常妊娠経過期間は最終月経の初日から計算するとされ、本件のさい被告人は避妊手段を講じることなく射精したから、時期的にみて被告人の性交により同児が妊娠する可能性は十分あつたこと、被害者は、従来他の男性と性関係があつた点は認めるものの、本件前後ころは被告人以外の男性とは関係を持つていないとして妊娠の相手が被告人である旨明言するところ(Cの同年一月一九日付検察官調書等)、同女は妊娠中絶後本件発覚前に既に自己の日記帳にも被告人に妊娠させられた旨の記載をしていたこと(司法巡査作成の昭和五七年一二月二日付「謄本作成について」と題する書面添付日記帳写)、被告人は、本件の一週間位のちに被害者から人を介して、妊娠させられたことを理由に金員を要求された旨いうけれども、C(昭和五八年二月一〇日付)、Gの各検察官調書によれば、その時期はCの中学卒業直前ころであつたことが窺われるだけでなく、性交渉の一週間位のちの時期に妊娠を理由に金員要求するとは考えにくいことなどの事情を総合すると、被告人に妊娠させられたとのCの供述部分は信用できると認められる。

以上のような本件犯行の罪質・態様、被告人の前科・生活態度等に徴すれば、被告人の刑事責任は重大である。したがつて、被害者らにも落ち度があつたこと、反省の情を示していること、妻子があることなど被告人に有利な諸事情を斟酌しても、原判決の量刑はやむを得ないところであり、これが重すぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

そこで、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条により当審における未決勾留日数のうち七〇日を原判決の本刑に算入することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 船田三雄 裁判官 竹田央 裁判官 中西武夫)

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